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東京高等裁判所 昭和58年(う)42号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人古口章が提出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第二点 事実誤認、憲法違反を主張する点について

所論は、要するに、本件右折個所には右折禁止の道路標識が存在しない。仮に事実上存在したとしても、その標識は、車両等の運転者がその前方から見やすいように、かつ、道路又は交通の状況に応じ必要と認める数のものを設置しておらず、いかなる通行を規制するものかを一見して容易に判別できる状態にあったとはいえないものであるから、本件交通規制は無効である。すなわち、別紙第一図のごとく、被告人が右折した三号道路(説明の便宜上付した名称であり、同図のその余の名称も同様である)と一号道路との交差点は、一号道路と二号道路との交差点とは別個のもので、同図斜線部分で示したように二つの丁字路交差点を構成するものである。しかるに、一号道路と三号道路との交差点の手前左端には何らの規制標識がない。本件標識は、一号道路と二号道路との交差点を対象としたものと考えるほかはなく、一号道路から三号道路への右折を禁止する標識は、本来別紙第一図点に設置すべきものである。また、本件標識が三号道路を規制するものとすればわかりにくいものである。道路標識、区画線及び道路標示に関する命令別表には、道路標識は交差点の手前の左側の路端に設置するのが原則とされているが、例外を許さないわけではない。同表備考には「道路の形状その他の理由により、道路標識をこの表の設置場所の欄に定める位置に設置することができない場合又はこれらの位置に設置することにより道路標識が著しく見にくくなるおそれがある場合においては、これらの位置以外の位置に設置することができる。」と規定している。してみると、原則に従って道路標識を設置したうえ、さらに交差点の先方に同じ標識を設置するなどして規制を見やすく、わかりやすくすべきであるから、本件においても、別紙第一図の点付近にも標識を設置すべきであったのである。本件発生後の昭和五七年一一月ころ、同図点に標識が追加設置されたが、点に設置した場合よりもわかりにくい。結局本件交通規制は、いずれの角度から検討しても無効である。仮に有効であるとしても、右のごとく不明確なものであるから、被告人には過失はなく、被告人の右折行為は可罰的違法性、期待可能性を欠くということができる。原判決は、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認をしたものであり、何が犯罪となるかが明瞭にされていない限り罪を負わされないというデュープロセス、罪刑法定主義を保障した憲法三一条に違反したものである、というのである。

そこで調査するに、原審で取り調べられた関係各証拠及び当審における事実取調の結果を総合すると、原判決が(罪となるべき事実)として認定判示したところは是認することができる。所論にかんがみ、補足説明を加えることとする。

はじめに、原審で取り調べられた被告人作成の昭和五七年九月七日付現場見取図、原審の検証調書別紙見取図は、交差する道路の角度等において、巡査部長佐藤明作成の現場付近見取図、当審で取り調べられた司法警察員奥住岩生作成の現場付近見取図添付報告書に添付された図面、司法警察員作成の写真撮影報告書に比照して正確でないと考えられるので、右各図に基づいて別紙第二図を作成し、登戸二丁目方面から富士見一丁目方面へ通ずる主幹道路を一号道路と便宜呼称するほか、同図に付した道路番号により、かつ、方角は登戸二丁目方面を便宜西、京成電鉄高架線方面を東として説明することとする。

本件現場は、千葉市新町二三四番地の一号道路と三号道路とが交差した個所であるが、同所が、所論のごとく、一号道路と二号道路とが交差した個所とは別個の交差点であって、両者は二個の丁字路交差点と見るべきか、あるいは、一個の変形十字路交差点と考えるべきかが、本件において、最大の争点である。道路交通法二条一項五号は、「交差点」とは、「十字路、丁字路その他二以上の道路が交わる場合における当該二以上の道路(歩道と車道の区別のある道路においては、車道)の交わる部分をいう。」と規定しているが、二以上の道路が交わるか否か、及び交わるとしてその部分の範囲をいかにきめるべきかについては、何ら規定されておらず、解釈によるべきものである。まず、前者について考察する。本件において、《証拠省略》によれば、一号道路の幅員は約一二・五米、二号道路の幅員は約七・五米、三号道路の幅員は約九・八米で、一号道路に対し、二、三号道路は、いずれも直角に近い角度で交わっており、かっ、三号道路の南西の側線の延長線は、二号道路の北東の側線より約二・二米同道路内側にあることが明らかである。そして、この二、三号道路の側線の延長線が相互に交わることは、当審において、弁護人側から提出された弁護人作成の昭和五八年五月一〇日付報告書(二)によっても明らかである。すなわち、弁護人は、前記奥住岩生作成の報告書添付の図面と同じ図面を取り寄せ、現場の状況を見分すると、殆ど現況に一致すると認めており、三号道路の南西の側線の北西角の始点(別紙第二図の後記「二」)から約三二米南東方の同側線上の地点(同図に便宜「甲」と記入)と、同地点から北西約二六米離れた同側線上の地点(同図に便宜「乙」と記入)とを結ぶ延長線が、目測で二号道路の北東の側線より約一・五米同道路内側にあることも認めているのである。したがって、本件において、一、二号道路、一、三号道路がそれぞれ相互に交わることはもとより、二、三号道路も相互に交わるものであって、結局、一号道路と二、三号道路とは、斜めに交わる変型の一個の十字路交差点(以下「本件交差点」という)といわなければならない。つぎに後者、すなわち本件交差点の範囲について考察する。交差点の範囲をきめるには、いわゆる側線延長方式、始端結合方式、始端垂直方式、車両衝突推定地点方式があるが、本件交差点については、右の始端垂直説によるのが相当と考えられるので、同方式により各道路の各側線の始端から対向する側線に対して垂直線上の接点を作り、それらの接点と始端とを結ぶ線によって囲まれた部分の交差点を考えると、本件交差点は、別紙第二図のイロハニホヘトチリヌルヲイの各点を順次結んだ線内の斜線部分と解すべきである。

そこで、本件の道路標識設置状況及びその規制の有効性について検討する。別紙第二図のイ点の西方約四・六米の地点の一号道路の左(北)側路端には、直進と左折の矢印を示した指定方向外進行禁止の標識(以下「右折禁止標識」という)が地上から約二・八五米の高さに支柱に取り付けて設置され、さらに同支柱が上方に延びて右「南」に曲がり、地上から約五・八米の高さの一号道路左側部分の上方に、オーバーハング方式により右折禁止標識(以下両標識を「本件右折禁止標識」という)が設置されている。ところで、道路標識、区画線及び道路標示に関する命令(昭和三五年総理府、建設省令第三号)二条別表第一規制標識の表は、指定方向外進行禁止の標識の設置場所として「車両の進行を禁止する交差点の手前の左側の路端又は車両の進行を禁止する場所の前面」と規定している。したがって、本件右折禁止標識は、同命令に適合するものであり、本件において、一号道路から三号道路への右折禁止の規制として適法であり、かつ有効であることは明らかであるとしなければならない。そして、本件右折禁止標識によって規制される右折道路としては三号道路のほかには存在しない現地の状況に徴するときは、右の規制がわかりにくく無効であるとする所論は採用しがたい。

所論は、一号道路と二号道路、一号道路と三号道路とが、それぞれ別個の丁字路交差点であることを前提として、本件右折禁止の規制が適法有効になされていない旨主張するけれども、すでに説明したように、本件は一個の交差点と見るべきであるから、所論は前提を欠き採用することができない。のみならず、仮りに所論のごとく解するとしても、前記命令二条別表第一の備考二は「道路の形状その他の理由により、道路標識(高速道路等に設置する警戒標識を除く。以下この号において同じ。)をこの表の設置場所の欄に定める位置に設置することができない場合又はこれらの位置に設置することにより道路標識が著しく見にくくなるおそれがある場合においては、これらの位置以外の位置に設置することができる。」と規定し、後段の「見にくくなるおそれがある場合」とは、物理的に見にくくなるおそれのある場合に限らず、規定の場所に設置することにより他の道路標識等との関係においてまぎらわしくなる場合を含むと解すべきところ、所論の別紙第一図の地点に本件標識を設置するときは、その東方五差路交差点の信号機との関係においてまぎらわしく、かつ、本件標識が三号道路への右折禁止か、あるいは五号道路への右折を禁止するものか、誤認されるおそれが大きく(ちなみに、五号道路への右折は禁止されておらず、四号道路は進入禁止の規制がなされている。)、結局、所論のの地点に設置することは適当ではなく、この点からも本件右折禁止標識の設置は相当であり、適法、かつ有効なものというべきである。

しかも、別紙第二図のイ点の西方約二六米の地点から西方にかけて一号道路の左側部分の第一、第二車線上には、それぞれ「右折禁止」の文字が記され、各「右」の字の東方にやや離れて本件交差点に至るまでの間の第一車線上に直進と左折を指定した矢印が順次二個所に、第二車線上に直進のみを指定した矢印が順次二個所明瞭に記されており、本件右折禁止標識の西方約七〇米付近にある千葉そごう第二、第三駐車場の間の道路から左折して一号道路に出て第二車線に入り東進した被告人にとって、進路前方の右折禁止と直進とを指示した道路標示及び本件右折禁止標識とを視認することは十分可能であり、右折の禁止された右方道路が三号道路を意味することを容易に認識し了解することができたのにかかわらず、不注意により本件右折禁止標識及び前記道路標示に気付かずに三号道路へ右折進行したことが明らかであるといわなければならない。右の状況のもとにおいて、被告人が一、二号道路の丁字路、一、三号道路の丁字路は別個の交差点であって、本件右折禁止標識は一、二号道路の丁字路交差点のみを規制するものと考えていたとしても、被告人の本件右折行為が、所論のごとく可罰的違法性及び期待可能性を欠くということはできない。

したがって、被告人が原判示日時ころ、道路標識により右折方向への車両の通行を禁止されている原判示道路において、過失により同標識の表示に気付かないで普通乗用自動車を運転して右折進行したと認定した原判決の判断は相当である。原判決に事実の誤認はなく、憲法三一条違反はない。

論旨は理由がない。

控訴趣意第一点 不法に公訴を受理したことを主張する点について

所論は、要するに、本件右折禁止個所には、その規制を示す道路標識が存在せず、ないしは、その標識が存在したとしても何を規制しているのかが不明瞭であるから、結局本件では有効な交通規制自体が存在しない。本件のごとき場合は、標識等の改善を行なうべきであり、そのうえで取締を行なうときも、右折しようとする者から見えやすく、注意を与えやすい場所で行ない、予防につとめることを第一とし、違反者が出たときも、特段の事情がなければ警告するにとどめるべきであるのに、警察官らは、被告人の行動を一部始終見ていたが、予防制止することなく検挙した。のみならず、若梅警察官は、被告人に対し、裁判すると一五万円も二〇万円も金がかかり時間の無駄だから押印した方が得だ、と義務なきことを強要したのであり、右は、刑法一九三条の公務員職権濫用罪を構成するもので、違法不当な捜査であり、被告人を起訴猶予にすべき事案であったのに、起訴したのは公訴権を濫用した違法な起訴であり、原審はこれを看過して不法に公訴を受理したものである、というのである。

しかし、本件現場手前に設置された本件道路標識は、前叙のごとく適法かつ有効なものであるから、本件において有効な交通規制が存在しなかったことを前提として被告人を検挙したのが違法不当な捜査であると主張する所論は失当である。本件交通規制は、昭和五〇年一二月二日千葉県公安委員会告示第九〇号をもって行なわれており、本件まで六年有余の歳月を経ているのであるから、右規制に違反した被告人を検挙したことに何ら違法不当のかどはない。また、関係証拠によれば、被告人の本件違反行為を現認した佐藤明巡査部長が被告人に停止を命じて取調を始めたところ、被告人が「右折禁止の標識はおかしい。そんなことは知らなかった」といったため、佐藤は、自己と共に被告人の本件違反行為を現認した若梅武巡査をして被告人を同道して本件道路標識等の確認に赴かせ、本件道路標識、前記道路標示の説明をさせ、佐藤が、戻ってきた被告人に対し、重ねて右折禁止の説明をしたが、被告人は「標識はあそこの位置ではだめだ」といい、被告人らの傍を離れるに先立って若梅が「否認すると裁判になりますよ」といい、さらに「金がかかる」旨ないし「裁判になると一〇万円か一五万円はかかる」旨いうと、被告人は、「若僧黙っていろ。脅迫で告訴する」、「金の問題ではない。裁判でもやってやる」旨述べ、若梅がその場を離れた後、佐藤が反則金の切符を切り署名を求めたが、被告人はこれを拒否したことが明らかである(これに反する被告人の検察事務官に対する昭和五七年五月二四日付供述調書は採用しない。なお、弁護人は、両証人の供述は偽証であると主張するが、これを認むべき証跡は存しない)。若梅の右発言は、刑事訴訟になった際における本件程度の事件につき常識的に予想される費用に関し述べたものであり、その際における被告人の前記態度に徴すれば、右発言が被告人に義務なきことを強要したとは到底認めがたい。したがって、所論指摘の事実を前提として本件が起訴猶予にすべきであるのにこれを起訴したのは公訴権を濫用した違法起訴であるとして、これを看過した原審が不法に公訴を受理したと主張する所論は採用することができない。

論旨は理由がない。

控訴趣意第三点 訴訟手続の法令違反を主張する点について

所論は、要するに、原判決の基礎となった証拠はすべて違法な捜査によって収集されたものであるから、証拠とすべきでないのに原審はこれを証拠とし、及び原審の審理は、検察官の「標識は建設省令別表の指定する場所についていれば少し位わかりにくくても仕方がない。本件現場は十字路で一つの交差点である。標識をその交差点の先方につけることはできない」というでたらめな前提のもとで主張立証が進められたもので、原審としては、法的前提問題については被告人の立場に立ち、あるいは公平な立場から、右のごときでたらめな主張、立証を制限する義務があったのにこれをせず、また、原審は、被告人が警察官証人に対して尋問をした際、質問の仕方が悪い、長すぎるなどの理由でこれを制限したが、弁護人がついていなかったから、被告人の尋問準備のためのメモを提出させ、尋問事項の趣旨を明らかにし被告人に代って証人尋問する義務があったというべきであるのに、主張を制約し、被告人の証人尋問を不当に制限するなどその防禦権を妨害したものである。原判決には被告人の主張に対する判断が全く示されていないことも、原審の不当な姿勢を示すものであって、原審には判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

しかしながら、原判決の基礎となった証拠が違法な捜査によって収集されたことを認むべき証跡はなく(原審の検証調書、証人佐藤明、同若梅武の各原審供述が捜査による収集証拠でないことはいうまでもない)、原審の審理が所論のごとくでたらめな前提のもとで主張、立証が進められたとは認められない。被告人は、原審のした弁護人選任の照会に対し、私選弁護人を選任せず、国選弁護人を頼まない旨回答しており、原審は本件の事案に徴し刑訴法三七条各号に該当する事由がないと判断して審理を進めたものと推認されるところ、記録を精査しても、原審の右の措置が違法不当とは認められない。仮に所論のごとく、被告人の警察官証人に対する尋問に際し、原審が尋問方法を注意し、ないしは制限したことがあったとしても、被告人の尋問が多数の問を含むなど不相当な方法で行なわれたためであって、当然の訴訟指揮であり、原審が被告人に代って所論のごとき方法で証人尋問をしなければならないとは、必ずしもいえないであろう。また、被告人の公訴事実を一部否認する主張に対しては、原審が有罪判決をもって判断しているのであるから、右主張に対する判断が示されていないとはいえず、原審の右の措置が不当な姿勢を示すものとは到底考えられない。原審の訴訟手続に法令違反があると主張する所論は、採用しがたい。

論旨は理由がない。

そこで、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑訴法一八一条一項本文により当審における訴訟費用の全部を被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 船田三雄 裁判官 櫛淵理 中西武夫)

〈以下省略〉

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